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いろいろ、ありがとう。 
良いことも、悪いことも。

全て凝縮されたような気がする1ヶ月でした。



「元気です!」とは言えないものの、色々な人に支えられて、何とかやっています。



再開したら事情を説明します、と書いたのですが、「事情」が複雑で何から説明すればいいのやら・・・(^_^;)

なるべく簡潔に、箇条書きで説明しますと、



・結婚が決まる。

・彼氏が我が家に挨拶に来た当日、相手方のお父様が入院。

・結婚話はいったんストップ。彼氏は病院通いで忙しくなる。

・その一週間後の深夜、母が倒れる。搬送先の病院で「くも膜下出血」と診断、そのまま手術へ。

・明け方手術終了。三日後に意識回復。

・その間不安定な精神状態のまま、連休を家事と親戚・遠方の家族への対応に追われる。

・夜間の手術の付き添いと慣れない生活のせいか、家族全員体調を崩す。

・意識が戻った母は集中治療室へ移動。1日2回の面会に合わせた生活を送る。

・風邪が絶好調に猛威をふるう。フラフラになりながら家事、見舞い、仕事をこなす。

・疲労がピークになり、生活、精神状態共にすさんでゆく。

・自分で取り寄せた結婚資料が届くたびに、どうしようもなく落ち込む。

・式場勧誘の電話に切れそうになる。

・誕生日に泣きながら妹手製のケーキを食う。

・翌日のL5Y横浜公演、散々悩んだが結局行くことに。

・ジェイミーの懸命な姿に号泣。

・入院二週間目でようやく一般病棟へ移動。同時にリハビリも開始。

・…が、検査結果によっては再手術の可能性も出てくる。

・自分の風邪が治まってきたと思ったら、今度は肋骨にヒビが入っていることが判明。



こんな感じの1ヶ月でした。

全然簡潔じゃないですね、すいません・・・



続きにもっと詳しく・・・と思って感情の赴くまま書き連ねてたら、

もの凄く長くなってしまいました。

根性のある方はどうぞ(^_^;)

以前から話は出ていたのですが、この度結婚することになりまして。

それで、まずは挨拶から、という事になりました。

ところが、彼が私の家に挨拶に来たその日の夜、相手のお父様が肺炎で入院されました。

年内の退院は難しいそうで、進みかけた話はいったんストップ。彼氏もお見舞い、病院の送迎と忙しく、会う暇なんかもちろんありません。

でもその時は「早く良くなるといいんだけど・・・」とか、「ご挨拶に伺うのは来年になりそうだなあ」としか思っていなかったのですが。

その一週間後、今度は私がそれどころではない事態になりました。

母が倒れたのです。



当日の事は、まだ昨日の事のように思い出せます。

翌日の仕事に備えて床についたのですが、下から妹が私を呼ぶ声で目が覚めました。

明らかに「危険」な状態だと、とっさに感じました。

もう駄目だ、頭の片隅で声が聞こえましたが、震えながらも何とか救急車を呼びました。

ついさっきまで話をしていた筈なのに。

病院までは私が付き添いで救急車に乗りました。

どこの病院に運ばれたのかも分からないまま、母は手術室へと消えていきました。

父が来るまで、薄暗い深夜の廊下で1人呆然と立ちつくしていました。

それは実際30分にも満たない時間だったのだろうけど、その時は気が遠くなる位長く感じられました。

父が到着して程なく、お医者さまにお話を伺いました。

検査の結果、「くも膜下出血」と診断されました。

手術方法と今回の病状の説明、術後のリスクを説明され、そのまま手術同意書にサインをしました。

手術が終わったのは明け方でした。

手術はなんとか成功したものの、先が全く見えない状況でした。

出血が左側ということで、もしかしたら後遺症が右半身に出るかもしれない。

言語障害や、合併症もあるかもしれない。

最悪、意識が戻らない場合もある。お医者様が説明する度に、どうしようもなく胸が苦しくなりました。



翌朝、家にいても仕方がないから、と仕事に出たのですが、道を歩きながら、「私、何でここにいるんだろう」と思った瞬間、涙が止まらなくなってしまいました。

不安に押しつぶされそうな妹を励まそうと気丈にふるまって、「私がしっかりしないと駄目だ」と昨夜から一度も泣くことがなかったのに、家を遠く離れた場所で初めて子供みたいに泣きじゃくってしまったのです。

その日は結局、会社に事情を説明して帰らせてもらいました。



母の意識が戻るまでの三日間、かなりきつかったです。精神的にもそうなのですが、日常生活に支障が出ました。

掃除、洗濯、料理などの一般的な家事全般とペットの世話、これは何とかなるとしても、「家計」の事を誰1人把握していないのです。

ガス、電気料金などの支払いはどうだっただろうか、ローンなどはあるのだろうか。

今はいいとして、入院が長引けば困ることは明らかでした。



その他にも、冬服が見付からなかったり、ごみ出しを忘れてしまったり・・・今にしてみれば些細な事で、どうしようもない程落ち込みました。



家事もろくに出来ないのに、何で結婚出来ると思ったんだろう。

どうしてもっと料理を教わっておかなかったんだろう。

そんな後悔の連続でした。



家事の分担のバランスが上手くいかなくて妹と喧嘩したり、夜中1人泣いたり、本当に不安定な精神状態だったと思います。



それでも、倒れた翌日から3連休だったのは、不幸中の幸いと言うべきだったのでしょうか・・・

連休最終日は、関東にいる兄が駆けつけてくれました。

ばたばたして、あまり会話も出来なかったけど、本当に嬉しかったです。



母の意識が戻り、喜ぶ私達に、お医者様は「三週間は何が起きてもおかしくない」と釘をさします。

状態が良くなったからと安心している矢先に容態が急変する、というパターンが多いのだと。

それでも、呼吸器が外されて会話が出来るようになったり、身体に繋がれたチューブの数が段々減っていく様子で、少しずつ、快方に向かっているのだと分かりました。

ほぼ毎日訪れる面会で、母の体調は日によって全く違い、その度に不安になったりほっとしたり。



そんな慣れない生活の為か、家族全員が体調を崩してしまいました。

特に私が一番酷く、風邪を引いてフラフラ状態。

三日間くらい38?39度の熱が下がらない。

それでも、家の事をやらないといけないのでゆっくり寝る事も出来ませんでした。

せめて仕事を休もうかと考えたのですが、丁度仕事も山場を迎えていて、これ以上甘えて休む事は出来なくて・・・



L5Yの横浜公演は丁度風邪もマシになった頃でした。

こんな状況で、行けるわけないと前日まであきらめていたのですが、当の母が「明日は横浜に行くんでしょう?」と背中を押してくれました。

「楽しみにしてたもんね。大丈夫だから、行っておいで」と笑う母に、私は「お土産買ってくるから」とだけしか言えませんでした。



横浜へは妹との二人旅。当初計画していた通り、中華街でお昼ご飯。

夕方にはホテルに到着、後は別行動で私は1人舞台へ向かいます。



横浜での山本さんは、風邪をひいていたのか、ちょっと声が出にくそうでした。

でも、その分「演じる」部分が本当に凄かったです。

特に後半は、調子が悪そうなんて感じさせない、素晴らしい舞台でした。

本当に切ない気持ちが伝わってきて、胸が苦しくなるほどでした・・・

舞台って、「生きてる」んだなあ、なんて。

調子のいいときもあれば、当然、悪い時もある。

でも、その中で、全力を出して私たちにその時の「全て」を見せてくれる。

その場所でしか感じることが出来ない、贅沢なひと時でした。

最高の舞台でした!

家のことを放っておいて、自分だけ楽しんでいいんだろうか、とか、色々悩んだけど、

心から「来てよかった」、と思いました。



横浜から戻って、再び慌ただしい生活。

入院から二週間が経過した頃、母は集中治療室から一般病棟へ移動の許可が下りました。

あと一週間で、「山場」は過ぎるという事で、家族の表情も和らぎます。

近々再検査があり、そこで再手術をするかどうか判断するようです。

手術がなければ、リハビリしだいで年内に退院できるかもしれない。

逆に、もし手術となれば、退院は当然長引くし、それなりにリスクはある。

でも、それは私たちにはどうしようもない事だから、出来るだけの事をするしかない。

時間があれば病院へ行き、特に父は休みの日になると、面会時間の殆どを病院で過ごすこともありました。



そんな中、咳が治まらないどころか骨が痛むようになってきた私。

忙しさに三日間放置した後、痛みに我慢できなくなって駆け込んだ病院で、「肋骨にヒビが入ってます」と言われてしまいました・・・

時間にゆとりがあれば、もっと早く気付いたんだろうか、なんて再び落ち込みモード突入。

見舞いに行った時、「大丈夫?」と母に心配されてしまう始末。

家事も出来ることが減ってしまって、かなり落ち込みましたが、今は「へこむ前に身体を治そう」と、病院に通いつつ何とか今に至ります。



そんなこんな、ドラマが作れそうな位アップダウンの激しい1ヶ月でした(^_^;)

その間、色々な方に励まされ、支えられてきました。

親身になって、仕事の都合をつけて下さった会社の方々。

自分も大変な状況なのに、不安定な私を支えてくれた彼氏さん。

そこにいるだけで癒してくれる、かけがえのないペットたち。

心配して料理の差し入れをしてくれたお隣さん。

それと、事情も分からないのに温かいコメントやメールを下さる方々。



本当に、ありがとうございました。



止まったままの結婚話、

向こうのお父様の入院状況、

そして母のこと。

これから先、まだまだどう転ぶか分からないですが、家族で力を合わせてやっていきたいと思います。



ブログも再開したものの、そんなに更新できないとは思いますが、気持ちの整理を兼ねて、余裕のある時に経過報告させて頂きたいと思います。

・・・あ、もちろん、山本さんの事についても語りますので☆

今までと同じように、山本さんを追いかけるのは難しいかもしれませんが、愛だけは変わらず持ち続けていきたいと思います!

こんな状態なのにFCでヘドチケットの申込もしてしまったけど(笑)



長々と、まとまりのない文章におつき合い下さって、ありがとうございました。


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